メッセージ

本公演によせて(仮題)
間宮芳生

(近日公開)

 

 

童話の証言
―オペラ『ニホンザル・スキトオリメ』作曲に寄せて―

間宮芳生

(「20世紀文学 4 特集:ドラマ」1966年4月号(編集発行:20世紀文学研究会/南雲堂)所収)

ぼくがいつも探し求めているオペラの題材の条件は、なにより魅力的な人物たちである。云いかえれば、読み進むうちに、人物の、また人物同志の関係の、より具体的で豊富なイメージが、ぼくの中で次々にふくらんでくるような、そんな題材である。またその段階は、オペラの題材を探す段階でもあり、同時にオペラの作曲の最初の段階でもある。そこでこの『ニホンザルスキトオリメ』の登場人物たち(といっても猿たちだが)に、ぼくが与えたイメージを紹介しておくことにしよう。

サルの大臣オトモザルに向かって、「おまえは女王ザルをずっと愛しているのだろう?」と云ったら、きっと色をなして云うだろう。「なんというはしたないことを。わしは女王さまを心から崇拝しておる。だいたい、お前たちに女王さまのほんとうの美しさ、気高さ、聡明さがわかっておるのか!」と。けれども心の奥を見すかされたようにトギマキ〔原文ママ〕するのを隠しきれないかもしれない。オトモザルにとって女王ザルは、美しさ、気高さ、聡明さの権化であり、おのれのすべてを、命さえも女王に捧げて少しも悔いない。

女王ザルは美しく聡明だ。彼女はたった一言でまわりのサルたちを従わせたり、指先をちょっと動かしただけでサルたちをひれ伏さすことなどあさめしまえだ。けれども美しさも、聡明さも限りあるものであることを、彼女は聡明さの故に気付いている。そしてなにかしら、自分の力ではどうにもならない運命的なものの力のカゲにおびえるようになる。

そんな時に、すべて自分の云いなりにはならない一人の男「スキトオリメ」を見出して、彼に云いしれぬ魅力をおぼえる。女王は、スキトオリメの中に、あるいは彼のことばの中に、運命のことばを発見しようとあせる。そこで女王は芸術のスポンサーになり、スキトオリメを自分の思いのままにすることで、運命を自分の意志に従わせることができないか、いや従わせて見せるのだという欲望を持つ。つまり、彼女流のやり方で、スキトオリメを愛し、ペットに仕立てるのだ。彼女のその野望が失敗したと感じたとき、女王はスキトオリメを牢屋にぶちこむ。恐らく彼女にとってスキトオリメの存在は、そのとき、どうにもならない運命の力のカゲに見えたのだろう。スキトオリメもまた、女王やオトモザルに劣らず自分の欲望に忠実に生きる男である。ただその欲望は、真実を見ぬき、それを描きつくすこと、そして自分が自分の欲望に忠実に生きることが、女王をも自分をも追いつめることであるのに多分あまり気がついていない。

こうして、運命の力とむごたらしい戦争が、女王と猿たちを永遠の時間の中にほうむってゆく。それらすべてを見つめていたスキトオリメの目は、牢獄の中でさえかえってゆく。彼はそれらすべてを、体ごとぶつけるような激しさで洞穴の壁にきざみつけてゆく。

作者との打合せをしながら、この猿達の物語りの証人としての第三者の存在がほしくなり、森の楠を登場させることになった。楠の証言によって、猿たちがぼくたちの目の前によみがえって息づくようにしたならば、猿たちの実在感が一層はっきりとたしかめられると考えたからである。そして、楠の証言の場と猿たちの葛藤の場がほぼ交替にあらわれるようにして、猿たちを追い込んでゆくという構成をとり、プロローグとエピローグを持つ八景という具体的な構成が出来上った。

はじめにも云ったように、人物たちの具体的なイメージや、人物同志の関係の展開を音の中により具体的に定着するためにも、また猿たちの葛藤の場と、楠の証言の場との対比のためにも、実現手段と方法は、景ごとに多岐にわたることになった。たとえば、バグパイプや、ルネッサンス様式のアンサンブルを通常のオーケストラと対比させて扱ったり、戦争の場面に、パイプオルガンを導入したりした。歌のスタイルも、完全な旋律化から、ほとんどせりふに近い、デクラマシオン・スタイルまでのあらゆる段階が用いられている。もう一つのこのオペラの特徴は、楠が、第2景間奏曲を除いては、ほぼ関西アクセントによっていることである。このことは、たとえば能や能狂言や義太夫などの劇場芸術の伝統をふまえて、それを現代語の上で展開させること、また作者が関西の人であるがために、作者のかいたせりふは関西アクセントによってより説得性をかくとく〔原文ママ〕出来ると考えられたこと、証人という役の表現力の拡大、そして説得力のために関西アクセントは、声楽技術的にも有利で有効なやり方であることなど、理由はいろいろつけられるが、それよりぼくの中で、楠のパートが、ごく自然に関西アクセントに近づき、関西アクセントによることが、ぼくにとって最も自然なことに思われたということの方がむしろ大事なことであった。