深井史郎
作曲家
深井史郎ふかい しろう (1907-1959)
1907年(明治40)秋田生れ。1927年(昭和2)旧制第七高等学校卒業後、東京高等音楽学院、帝国音楽学校に学ぶ。南葵音楽文庫に通い、作曲を菅原明朗に師事。37年、「パロディ的な四楽章」が「新響邦人作品コンクール」に入選、ローゼンストック指揮により初演された。この頃より映画音楽を多く手がけ、「阿部一族」「空想部落」の音楽など日本映画史上画期的な作品が作られている。戦中の管弦楽曲「大陸の歌」「ジャワの唄声」を経て、戦後、カンタータ「平和への祈り」「ジャズのためのラプソディ」 「13の奏者のためのディヴェルティスマン」「架空のバレエのための三楽章」( オーケストラ・ニッポニカ第4回にて演奏) などを作曲。歌曲の代表作に「春幾春」「日本の笛」「四つの日本民謡」がある。鋭い批評眼を備えた文筆家としても知られ、すぐれた評論を数多く残している。1959年7月2日京都で急逝。
詳細は、解説「周到なる『パロディ』〜同時代の西洋音楽と自己の感性と」(奥平 一)をご参照ください。
取り上げた作曲家