《ヨーロッパ辺境の音楽・その先に》

《ヨーロッパ辺境の音楽・その先に》  日本におけるバルトークの音楽の受容は、1925年(大正14年)に、フランス人ピアニスト・作曲家のアンリ・ジル=マルシェックスが東京で行った連続公演で、バルトークほかフランス・バロックから近代音楽までの作品を演奏したことが、ひとつの契機となった。戦前に清瀬保二、松平頼則らがその影響を受けたことは、彼ら自身が語っている。
 しかし、アジア辺境に位置する日本の作曲家たちがバルトークに決定的な影響を受け、その影響を克服、止揚したのは戦後の1950年代から60年代にかけてのことであった。ヨーロッパ音楽文化の辺境にいたバルトークが、マジャールの歴史的、文化的、風土的な背景を創作の基盤に置いて、かつ20世紀という時代にふさわしい新たな作曲の技法的基盤を確立しながら魅力的な音楽を作ったことに対して、日本の作曲家たちは自分の立場を置き換えて作曲に挑んだ。ことにバルトークに決定的な影響を受けたのは、小倉朗と間宮芳生であった。ふたりは、影響を体現化する中で、独自の音楽語法を確立し、それが日本の音楽として聞こえる普遍性を獲得している。作曲活動に並行して、小倉は日本の文化風土の特性と運動性に着目し、間宮は“足の裏”の感性に創作の軸足を置いて、文明批評的思考を著わす業績をも遺している。
 風土に根ざした伝統が、狭いナショナリズム的価値観の下に貶められ、互いの偏見の要因ともなり得る現在、ふたりの作曲家の業績は新たな視点から再評価されなければならない。
 ≪ヨーロッパ辺境の音楽・その先に≫と題されたオーケストラ・ニッポニカの第44回演奏会は、名曲コンサートである。演奏される四曲は、各作曲家を代表する名曲としての評価を得ている。
 バルトークの『舞踊組曲』は世界的に親しまれているし、バルトークの影響を強く受けた小倉朗の『管弦楽のための 舞踊組曲』もたびたび演奏されていて、近年では指揮者・大植英次が、東京フィルハーモニー交響楽団創立100周年(2011年)や、大阪フィルハーモニー交響楽団第501回定期演奏会(2016年)などで取り上げている。しかし、思想家・加藤周一によって「形となった感情」と定義された小倉朗『ヴァイオリン協奏曲』のオーケストラ伴奏による演奏は、46年振りのことである。さらに、間宮芳生の『オーケストラのための2つのタブロー‘65』は、間宮がバルトークに強い影響を受けた後に、“足の裏で考える音楽”という考えにたどり着いた頃の、自ら代表作と語っている作品でありながら、恐らく28年ぶりの再演である。
 指揮者・野平一郎が、バルトークと自身の作曲の師である間宮の代表作をどのように指揮するのだろうか、楽しみでならない。バルトークの歌劇『青髭公の城』の影響を受けた間宮の歌劇『ニホンザル・スキトオリメ』を指揮した野平とニッポニカが第17回佐川吉男音楽賞を受賞したのは、五年前のことである。
 また、小倉の『ヴァイオリン協奏曲』をヴァイオリンの名手・高木和弘が演奏する。高木は、海外及び国内主要オーケストラのコンサートマスターを歴任しているが、一方でオーケストラ・ニッポニカのコンサートマスターを15年以上にわたって務めていて、多くの日本の作品の演奏経験を持っている。さらに、ナクソス「日本作曲家選輯シリーズ」/大栗裕『ヴァイオリン協奏曲』における演奏は、専門誌等で高い評価を得ている。今回の演奏に期待する所以である。
 ニッポニカの演奏会を継続して聴いて下さる皆様は、前回演奏会で取り上げられた林光『交響曲第3番 八月の正午に太陽は…』と、今回の間宮芳生作品で「山羊の会」の活動が目指した射程の長さと実績を認識することになるに違いない。
 ご来場を、心よりお待ち致します。