深井史郎
深井史郎ふかい しろう (1907-1959)
「第13回演奏会プログラム解説より転載」
奥平 一(オーケストラ・ニッポニカ)
この作品は1996年、本名徹次指揮する新交響楽団によって54年振りに再演されたことから話題となった。さらに2005年にナクソスの日本作曲家選輯シリーズによって録音が発売されて、さらに多くの関心がよせられた。今日は、12年ぶりの再演となる。
さて、この曲を語る時に、作曲当時の社会的な南方への関心、ラベルの作品「ボレロ」からの影響、スンダ地方(西ジャワ)音楽からの引用などを中心にすることが多く、この作品そのものについて語られることがあまりにも少ないようである。

  「ジャワの唄声」は、大きく三つの部分からできている。第一部は、少しずつ変容するリズムを背景に同じ旋律を繰り返しながら、ひたすら膨張して頂点に達しようとする。リズムが変容するタイミングに必ず現れて、そして第一部の音楽的頂点の最後をたち切ることになるリズム動機は、曲の冒頭開始後直ぐに提示される。音楽的頂点の先に現れる第二部は、野蛮でありながら洗練されていて原色的な色彩あふれるオーケストラの饗宴である。饗宴の音楽は、第二部の音楽的頂点を迎えると、第二部を支配するリズム動機が8回繰り返されて突然崩れ去る。コーダ的第三部は徐々に気だるく静かになっていき、微かに曲の冒頭の雰囲気を残しながら消え去る。

  この作品は、精緻なオーケストレーション、周到な構成、機知に富んだ音楽的展開によって、独創的で優れた作品となっている。

  尚、「ジャワの唄声」第二部のモティーフ群は、深井の戦後の代表作である「13の奏者のためのディヴェルティスマン」(1955)の第8曲目“Mambo”に引用されている。この作品は宮澤賢治の「雙子の星」を主題としていて、第8曲目の物語は、雙子の童子が悪いほうき星にだまされて深い海の底へ沈んでしまう、という筋書である。
【楽器編成】Pic、Fl2、Ob2、C-Ang、Cl2(II Alt-Sax持替)、B-Cl、Fg2、C-Fg、Hr4、Tp3、Tb3、Tub、Tim、Glockenspiel、Xylophone、Vibraphone、Cymbals、Petite Caisse、G. Caisse、Celesta、Piano、弦楽5部
【初演】1943 年1 月19 日 放送初演 指揮:朝比奈隆 演奏:日本交響楽団(現NHK 交響楽団)
【楽譜出典】スコア(日本近代音楽館 提供) パート譜(民音音楽ライブラリー貸譜)
「第4回演奏会プログラム解説より転載」
片山杜秀(かたやまもりひで・評論家)
1956年、東京交響楽団のために作曲され、同年12月6日の同楽団定期演奏会で、上田仁の指揮により初演された。深井の演奏会用管弦楽作品としては、遺作になる交響絵巻《東京》のひとつ前、即ち最後から2番目のものになる。
深井の作品リストには、交響曲、何々協奏曲、弦楽四重奏曲、何々ソナタといった絶対音楽の類いは存在しない。それら、ベートーヴェンやブラームスあたりを真っ先に思い出させ、精神的に重々しい世界に導いてくれそうな楽曲分野は、表層を戯れる人、深井の忌避するところで、彼のアルチザンとしての能力は、音詩、組曲、バレエ曲、映画音楽、放送音楽、あるいは声楽曲など、何らかの筋書きや身体的運動や時間的制約や古典舞曲のような簡潔な構成や言葉に対して、いかなる音をはめ込むかというかたちで発揮されるのが常だった。この東響のためのオーケストラ曲も、当初はピアノ協奏曲と予告されたものが、蓋を開ければ、音楽の運びがバレエの筋書きや実際の運動を想起させる3篇の組曲に変わっていた。そしてこの《3楽章》で深井は、彼が晩年に到達していた技術家としての完璧にしてあまりにきらびやかな書法を、交響絵巻《東京》以上に発揮し尽くしている。確かにここでの彼の音の語彙は、かなり多くをラヴェルに、一部をストラヴィンスキーに拠っているのだが、その主にラヴェル流は、旋律法といいリズム法といい楽器法といい、明確に深井と分かる独自な癖によって化けさせられ、ラヴェルからしっかり暖簾分けされた具合になっている。彼はラヴェルの場所の近傍に、しかし、まぎれもなく深井史郎の表札のかかった技術の王国を築いたのである。
第1楽章〈発端〉。「4分の7拍子。ホの連続打音。絶え間のない圧迫と緊張の3分半。弱音器をとってすぐつぎに続く」(初演プログラムに寄せられた作曲者の言葉)。ピアノがホの連続打音を始め、弦楽が狭い音域をうねる6音動機をかぶせ、それが受け継がれていって圧迫感を醸す。その6音動機は深井の愛好するもので、1940年のバレエ音楽《創造》や諸々の映画音楽にも現れるのだが、とにかくそれは短2度、長2度、増2度の組み合わせで出来ていて、その様々な2度音程が全曲のヨコの動きを支えてゆく。そこらへんの凝り方が、いかにもアルチザン的ということになろう。
第2楽章〈踊り歌〉。「開放。主役の登場。牧歌のようなメロディが単調な雅楽的なリズムの上に歌う。4分半」(作曲者の言葉)。深井の映画音楽なら東宝か東映のマークが出るときにやるような金管のファンファーレのあと、フルートが弦の刻みに乗って、日本の民謡音階を土台とし2度を多用したなだらかな旋律を奏で、それがラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》や《マ・メール・ロワ》のような教会旋法風に歌い崩されたりしつつ高潮し、静まり、2度上行を積み重ねる音型による急速なコーダが付く。
第3楽章〈幕切れの踊り〉。「8分の6拍子と4分の3拍子が交互にあらわれるアレグロ。速度とリズムの饗宴。3分半」(作曲者の言葉)。木管群の性急な半音階的パッセージによる導入のあと、ホルンがこの楽章を支配する6拍子の舞曲のリズムを強奏し、ついでフルートとクラリネットが都節的ないし筝曲的なパッセージをやり、これをホルンとトロンボーンが属音・下属音・主音に下がってゆくだけ、つまりト・ヘ・ハというかたちの3音動機で受け(*この音型も深井の偏愛したもので、こういう当たり前の音型に執着して手をかけたがるところにもアルチザン性が窺われる)、それから経過的部分を経て、フルートとチェレスタが6拍子の素朴な舞曲をやりはじめる。その旋律は長2度と増2度だけで出来ている。あとはこの舞曲で熱狂して結ぶ。ラヴェルの《スペイン狂詩曲》の終曲が、ここでのひとつのモデルだろうが、深井の職人芸は、モデルを超えるといいたいほどのしなやかな運動性とキラキラした音色を、管弦楽に与えている。
【楽器編成】フルート2、ピッコロ、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット3(1人はコントラ・ファゴット持替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、シンバル、小太鼓、トライアングル、ドラ、ゴング・ドラム、ピアノ、チェレスタ、ハープ、弦5部
【初演】1956年12月6日、上田仁指揮の東京交響楽団による。
【楽譜出典】スコア(株式会社アイヴィ所蔵)、パート譜(東京交響楽団所蔵)
作曲家