初演の記録

オペラ「ニホンザル・スキトオリメ」

放送初演:1965年11月22日
NHK第一、第二(ステレオ放送)※昭和40年度芸術祭奨励賞受賞

指揮:若杉弘
木:平野忠彦
男:日下武史
女王ザル:滝沢三重子
オトモザル:友竹正則
絵かきザル・スキトオリメ(テノール): 金谷良三
絵かきザル・ソノトオリメ(バリトン): 中村義春
合唱:東京混声合唱団
管弦楽:NHK交響楽団
合唱指揮:宮本昭嘉
演出:原和孝
技術:浅見啓明


舞台初演:1966年3月14日
(月)18時30分開演 東京文化会館
「第6回NHK音楽祭 創作歌劇の夕べ」
昭和40年度芸術祭奨励賞受賞作品
「ニホンザル・スキトオリメ」-プロローグ・エピローグを伴う8景からなる-
【舞台初演の放送記録】
同年3月20 日(日)22時20分~23時50分 NHK教育テレビ
3月21 日(月)10時30分~12時 NHKラジオ第二放送
3月23 日(水)19時20分~21時 NHK FM放送

指揮:若杉弘
管弦楽:NHK交響楽団
女王ザル(ソプラノ):滝沢三重子
オトモザル(バリトン):友竹正則
絵かきザル・スキトオリメ(テノール): 金谷良三
絵かきザル・ソノトオリメ(バリトン): 中村義春
木(バリトン): 平野忠彦
男(俳優):生井健夫
サルたち(合唱):東京混声合唱団/劇団青芸
バグパイプ:梅原美男
リュート:浜田三彦
オルガン:島田麗子

補助指揮:徳丸聡子/宮本昭嘉/福村芳一
美術:足立正美
美術原案:矢野眞
照明:土村晶
演出:遠藤利男
舞台監督:三澤敏男
舞台制作:東宝舞台(株)/京都衣裳(株)

昭和音楽大学オペラ研究所オペラ情報センターの公演情報記録はこちら

木(平野忠彦)

「木」平野忠彦(写真所蔵:間宮芳生)

「スキトオリメ」金谷良三と
「女王ザル」滝沢三重子(写真所蔵:間宮芳生)

舞台初演時の舞台全景(写真所蔵:間宮芳生)

 

舞台初演(1966/3/14)の公演プログラムより
■初心の探求
木島始

 初心忘るべからず、というのは15世紀の我々の祖先の遺訓だが、わたしは、その遺訓にどうも常日頃そむいているような気がしてしかたがないので、忘れてしまったわたしの初心をがむしゃらに探究してみることにした。するとふりかえりすぎて、幼い頃の単純で抽象的なものの把えかたから、人類進化の以前ニホンザルの世界にまで舞い戻ってしまった!!
わたしたちをとりまく苛酷な現実は、実際童話性にみちているのではないだろうか。何十万人もが一瞬にして灰になるというのは童話の世界にある魔法の現実化というほかはなく、わたしたちは童話を聞く子供のように戦慄しないわけにはいかない。わたしは不気味でグロテスクな絵をかく画家を、その根底から支持せざるをえなかった。地獄草紙や餓鬼草紙の古典を心に浮べながら、わたしは、いまの平穏無事な繁栄が、実はかっての戦乱での怨念を食べているのだと思わざるをえないのである。
童話集『ぼくらのペガサス』に収めたこの作品は、最初雑誌に発表したときは児童文学者の痛撃を浴びたが、思わぬところから強力な読者をえた。プラーハでは〔チェコ語〕に訳されるし、主として動画を考慮して書いた物語が、眼にみえない放送オペラの台本に脚色されるように要請されるし、ついには舞台にまでかけられる!!作者たるもの以て冥しているのであるが、愛すべき女王の声が聞えるとあらば、スキトオリメのごとく刮目して舞台の上を見つめざるをえないではないか。
※注:木島は、舞台初演の3年後(1969)出版の短篇集『列島綺想曲』(法政大学出版局)にオペラ台本全文を収録するにあたり、2つの部分から成る「まえおき——プログラムの小文」を加筆しました。加筆された2つの部分のうちの前半部分(「1」)を下記にご紹介します。
「まえおき——プログラムの小文」
木島始
ある私の友人の画が、「気持がわるい」、「わからない」、と非難されたことがあります。
わたしは、その画の表現しているものが、よく感覚のすみずみまでリアルなものとして受けとれました。
わたしは、死の戦争へと駆りだされこの世の地獄を見たこの友人の画を、信用することができます。
むかし、この国で、<わからない気持のわるい画>がもとで、牢屋へいれられた画家や批評家がいました。
わたしは、その事件のことや、グロテスクの語源がグロッタ(洞穴)であることを想いだしました。
わたしは、友人の画をできるだけ遠くから、なぜかかれたのか考えてみようとしました。すると《大人の童話》という形式になったのです、そして、見えないものを見るようにすすめるこの物語が、聞こえないものを聞きとろうとする音と声でもって、視力の自由な展開をうながすようになれば、わたしたちの想像力にとって、きっとひとつの前進を約束するのではなかろうか、とわたしは思っています。
※注 これに続く「2」は前掲「初心の探求」とほぼ同一ですが、常体から敬体になり、「愛すべき女王」は「愛すべき専制的女性(猿)」となり、最後に「では、みなさんも刮目してスキトオリメの絵を心中に描いてみてください。」という一文が加えられました。

 

■童話の証言 -オペラ『ニホンザル・スキトオリメ』作曲によせて—
間宮芳生
※注 間宮は舞台初演時の公演プログラムに「アニメーションによるオペラ」と題した文章を寄せました。この文章は、舞台初演の翌月(1966年4月)発行の「20世紀文学」第4号誌上でオペラ台本が発表された際の寄稿文『童話の証言』の前半(冒頭および女王ザルに関する部分)に、舞台上演への期待を込めた一文を加えたものでした。したがって下記に『童話の証言』全文を掲載し、公演プログラムに追加されていた一文を文末(*印以降)に掲載しました。
 ぼくがいつも探し求めているオペラの題材の条件は、なにより魅力的な人物たちである。云いかえれば、読み進むうちに、人物の、また人物同志の関係の、より具体的で豊富なイメージが、ぼくの中で次々にふくらんでくるような、そんな題材である。またその段階は、オペラの題材を探す段階でもあり、同時にオペラの作曲の最初の段階でもある。そこでこの『ニホンザルスキトオリメ』の登場人物たち(といっても猿たちだが)に、ぼくが与えたイメージを紹介しておくことにしよう。
 サルの大臣オトモザルに向って、「おまえは女王ザルをずっと愛しているのだろう?」と云ったら、きっと色をなして云うだろう。「なんというはしたないことを。わしは女王さまを心から崇拝しておる。だいたい、お前たちに女王さまのほんとうの美しさ、気高さ、聡明さがわかっておるのか!」と。けれども心の奥を見すかされたようにトギマキ〔原文ママ〕するのを隠しきれないかもしれない。オトモザルにとって女王ザルは、美しさ、気高さ、聡明さの権化であり、おのれのすべてを、命さえも女王に捧げて少しも悔いない。
 女王ザルは美しく聡明だ。彼女はたった一言でまわりのサルたちを従わせたり、指先をちょっと動かしただけでサルたちをひれ伏さすことなどあさめしまえだ。けれども美しさも、聡明さも限りあるものであることを、彼女は聡明さの故に気付いている。そしてなにかしら、自分の力ではどうにもならない運命的なものの力のカゲにおびえるようになる。
 そんな時に、すべて自分の云いなりにはならない一人の男「スキトオリメ」を見出して、彼に云いしれぬ魅力をおぼえる。女王は、スキトオリメの中に、あるいは彼のことばの中に、運命のことばを発見しようとあせる。そこで女王は芸術のスポンサーになり、スキトオリメを自分の思いのままにすることで、運命を自分の意志に従わせることができないか、いや従わせて見せるのだという欲望を持つ。つまり、彼女流のやり方で、スキトオリメを愛し、ペットに仕立てるのだ。彼女のその野望が失敗したと感じたとき、女王はスキトオリメを牢屋にぶちこむ。恐らく彼女にとってスキトオリメの存在は、そのとき、どうにもならない運命の力のカゲに見えたのだろう。スキトオリメもまた、女王やオトモザルに劣らず自分の欲望に忠実に生きる男である。ただその欲望は、真実を見ぬき、それを描きつくすこと、そして自分が自分の欲望に忠実に生きることが、女王をも自分をも追いつめることであるのに多分あまり気がついていない。
 こうして、運命の力とむごたらしい戦争が、女王と猿たちを永遠の時間の中にほうむってゆく。それらすべてを見つめていたスキトオリメの目は、牢獄の中でさえかえってゆく。彼はそれらすべてを、体ごとぶつけるような激しさで洞穴の壁にきざみつけてゆく。
 作者との打合せをしながら、この猿達の物語りの証人としての第三者の存在がほしくなり、森の楠を登場させることになった。楠の証言によって、猿たちがぼくたちの目の前によみがえって息づくようにしたならば、猿たちの実在感が一層はっきりとたしかめられると考えたからである。そして、楠の証言の場と猿たちの葛藤の場がほぼ交替にあらわれるようにして、猿たちを追い込んでゆくという構成をとり、プロローグとエピローグを持つ八景という具体的な構成が出来上った。
 はじめにも云ったように、人物たちの具体的なイメージや、人物同志の関係の展開を音の中により具体的に定着するためにも、また猿たちの葛藤の場と、楠の証言の場との対比のためにも、表現手段と方法は、景ごとに多岐にわたることになった。たとえば、バグパイプや、ルネッサンス様式のアンサンブルを通常のオーケストラと対比させて扱ったり、戦争の場面に、パイプオルガンを導入したりした。歌のスタイルも、完全な旋律化から、ほとんどせりふ・・・に近い、デクラマシオン・スタイルまでのあらゆる段階が用いられている。もう一つのこのオペラの特徴は、楠が、第2景間奏曲(**)を除いては、ほぼ関西アクセントによっていることである。このことは、たとえば能や能狂言や義太夫などの劇場芸術の伝統をふまえて、それを現代語の上で展開させること、また作者が関西の人であるがために、作者のかいたせりふは関西アクセントによってより説得性をかくとく〔原文ママ〕出来ると考えられたこと、証人という役の表現力の拡大、そして説得力のために関西アクセントは、声楽技術的にも有利で有効なやりかたであることなど、理由はいろいろつけられるが、それよりぼくの中で、楠のパートが、ごく自然に関西アクセントに近づき、関西アクセントによることが、ぼくにとって最も自然なことに思われたということの方がむしろ大事なことであった。

    〔以上「20世紀文学 4 特集:ドラマ」1966年4月号(編集発行:20世紀文学研究会/南雲堂)所収〕

 

* これの原作は「アニメーションのための童話」として書かれたのだが、作曲の全過程でも、「アニメ―ションによるオペラ」という考えが、ぼくを支配していて、だから舞台の条件は、あまり考慮されていない。それが舞台上演されることになって、当然いくつかの困難が予想されるのだが、にもかかわらず、いやそのためにかえって、新しい魅力を持った舞台のフォルムを期待出来るのではないか、ぼくにとっては、今その期待の方が、ずっと大きい。
〔* 舞台初演時の公演プログラムでは、第2景のタイトルは「(間奏曲)サルたちの姿とたましい」と記載されていました。〕