「ニホンザル・スキトオリメ」 53年ぶりの再演 ハイライト

制作の現場から

オーケストラ・ニッポニカ第34回演奏会《間宮芳生》90歳記念 オペラ「ニホンザル・スキトオリメ」(1/27(日)すみだトリフォニーホール大ホール) 指揮・野平一郎/演出・田尾下哲/衣裳・萩野緑/照明・西田俊郎
~ 53年ぶりの再演のハイライトを、物語に沿ってご紹介してまいります(一部の写真は当日のステージリハーサル時のものもございます)。 このページの写真はすべて澁谷学さんが撮影してくださったものです。

プレトーク

まず上の写真(↑)は、開演15分前、指揮者・野平一郎(オーケストラ・ニッポニカ ミュージック・アドヴァイザー)によるプレトーク。この幻の大作の再演が実現した経緯を中心にお客様にお伝えしました。

 

プロローグ

「男」(俳優の根本泰彦さん・左)は、「くすの木」の木株に秘密が隠されていることに気付きます。くすの木(バスバリトン北川辰彦さん・中央)は「わしは森一番のおおくすの木で、ぽっかり、ほらあなを横っ腹にあけていた」と次第に朗々と語り始めます。

第1景「森の肖像画コンテスト」

バグパイプ(上尾直毅)の前奏に続いて、オトモザル(バリトン原田圭さん・中央)が「女王さま、これ、これが一番でございます」とユーモラスに絵を薦める一声で、辺りはすっかりニホンザル王国の世界。女王ザル(ソプラノ田崎尚美さん)はお気に召さず、オーケストラの鋭い半音のぶつかりあいが、女王ザルの不機嫌を表現します。

 

コンテストの真意を問われて、まず絵描きザル「ソノトオリメ」(バスバリトン山下浩司さん・右)が、ファゴットの高音域やチェレスタによる不思議な響きの伴奏にのって、「美しいサルになろうと思ったなら、こういう姿にならなくてはいけない」と「教えようというおつもりなんでしょう」と答えます。

 

絵描きザル「スキトオリメ」(テノール大槻孝志さん)が「いいや、ちがう」と登場。

 

スキトオリメ(大槻孝志さん・右から5人目)の答えに、オトモザル(原田圭さん・同2人目)は立腹しますが、聡明な女王ザル(田崎尚美さん)はスキトオリメの答えが気に入ります。このあたりまでほとんど、リズムが明記され音程は高低の目安のみの楽譜。磨き抜かれた声による豊かな日本語の響きで物語が展開します。

 

「男」(根本泰彦さん・左)は「スキトオリメの絵ってのは、どんなだったのだい?」と尋ね、「くすの木」(北川辰彦さん・左から2人目)が答えます。
スキトオリメ(大槻孝志さん・左から3人目)の奇妙な絵に一等賞が与えられ、「一等賞は柿3つ、あいつがもらったぞ!」と合唱が口々にはやし立てます。ハヤシコトバによる合唱表現を追求し続けた作曲家・間宮芳生の面目躍如、民衆ザルたちのエネルギーが溢れます。
指揮・野平一郎の右隣から順に女王ザル(田崎尚美さん)、オトモザル(原田圭さん)、ソノトオリメ(山下浩司さん)、合唱(コール・ジューン、ヴォーカル・コンソート東京)

第2景「サルたちの姿と魂」

肖像画コンテストの後日談を「くすの木」(北川辰彦さん)が一人きりで歌いあげる景です。古楽風の小アンサンブルにのって「女王ザルは満足をすることがない」と歌う、一度聴いたら忘れられないルネサンス舞曲風の素朴なヴィヴァーチェ(8分の6拍子)の旋律は、今回初演された委嘱新作「女王ザルの間奏曲」(2018)にも用いられています。

第3景「美しい女王ザルの望み」

女王ザルが支配するニホンザル王国の活気を感じさせるオーケストラのAllegro non troppoの前奏から第3景が始まります。森に帰ったスキトオリメ(大槻孝志さん)に、肖像画を描くよう迫る女王ザル(田崎尚美さん)の歌は、むせかえるような官能の香り…。女王ザルには、木島始によるオペラ台本に、言葉にならない喃語のような歌詞(「o———–u ye—さるであってさるでないものになりたいの-o——i–ye—–u–yo—」など)が間宮芳生によって加えられており、彼女の隠し切れぬ野性や欲望の昂揚が実に見事に表現しつくされています。

 

スキトオリメ(大槻孝志さん・左)が肖像画を描いている様子は、オーケストラのアルペッジョと弦楽器のトレモロ(sul ponticello)と総休止によって実に象徴的に表現されます。
女王ザル(田崎尚美さん)は「ココロじゃなくてカラダをかいておくれ」とスキトオリメ(大槻孝志さん・左)の絵を激しく求め、それがなぜなのか理解できないオトモザル(原田圭さん・右)は「ソノトオリメ」に描かせた実物そっくりの肖像画を薦め、スキトオリメは「ココロがまっ白でなんか、あるものか」と独白する場面。三者三様に異なる思いを木島始の台本から読み取った間宮芳生は、オペラの醍醐味である三重唱を素晴らしく効果的に用いており、一気にドラマの緊張感が高まります。

 

「女王ざるの間奏曲」(2018/オーケストラ・ニッポニカ委嘱新作/世界初演)

第2景でくすの木が歌った「女王ザルは満足をすることがない」というルネサンス舞曲風のモティーフを管楽器が奏して始まり、第7景で女王ザルが「死にたくない」と絶唱する旋律で締めくくられる、幕間にふさわしい小品。
管弦楽:オーケストラ・ニッポニカ

第4景「絵かきザルの投獄」

「くすの木」役が歌い語り、スキトオリメは呻き、ついに閃いた創造の啓示を台詞で表現します。オペラ化にあたって新たに設けられた「くすの木」役の歌い語りは、この役に対する間宮芳生独自の創意である関西風のイントネーションに乗ってますます迫真の度を増していきます。スキトオリメがうなされる夢の情景、民衆ザルの姿を描く大オーケストラの響きと、ルネサンス風の小オーケストラの素朴な音色の対比は、1965年の作品とは到底思えない新鮮な組み合わせです。

第5景「奇怪な絵 ざわめく森」

女王ザル(田崎尚美さん)を追い詰める森のざわめきは、オーケストラの表現主義的な音色が効果的。オトモザル(原田圭さん)の「おうい、さるたち!」という呼びかけがホール全体に響き、シュプレヒゲザングによる煽動の台詞に合唱が「サルのカミサマ 死んでも死なない」と答えます。

第6景「ほら穴の爪あと」

「くすの木」(バスバリトン北川辰彦さん)のひとり語りと合唱(コール・ジューン、ヴォーカル・コンソート東京)により、投獄されたスキトオリメがくすの木のホラアナの壁に「サルの真実」を絵で刻みつける凄絶な姿、そしてサルとイヌの長い戦争が描写されます。後年の自著で「オペラ『ニホンザル・スキトオリメ』のオーケストラ・パートを書いてゆく作業は実に楽しかった。ドラマの情況、主人公たちの感情や行動様式を映し出すオーケストラの音楽的な身振りや響きを見つける作業の面白さは、他に代え難い楽しさだ」〔間宮芳生「現代音楽の冒険」岩波新書より〕と述懐した通りの、多彩で極めて雄弁なオーケストラの表現も聴きもの。

第7景「末期の耳」

女王ザル(田崎尚美さん)が「死にたくない」と歌う切ない絶唱、オトモザル(原田圭さん)の「死ぬのは、われわれ生きているものみんなのさだめ」と深く温かい慰めの歌声が胸に迫る、最もロマンティックな場面です。オトモザルの後ろではサルたちの合唱(コール・ジューン、ヴォーカル・コンソート東京)が「だいじょうぶ、ごいっしょ」としずかに唱和します。

第8景「炎あれくるう」


パイプオルガン(室住素子さん)に拮抗する「くすの木」(北川辰彦さん・左から2人目)の全身からの悲痛な叫びと、焼かれる木々の合唱(コール・ジューン、ヴォーカル・コンソート東京)が、まさに声と音による阿鼻叫喚を描き尽くします。

エピローグ


プロローグと同じく「くすの木」(北川辰彦さん・左から2人目)の関西弁イントネーションの語りと歌唱、「男」(根本泰彦さん・左)の対話。バックのオーケストラは、くすの木がスキトオリメの遺した絵について語るところから長調のハーモニーが交錯して、かすかな明るさを帯び、物語を振り返るモティーフが浮かんでは消えていきます。

(幕)